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死 と お布施 の観点から見たイスラム: インドネシア進出 [インドネシア納得情報]

毎月水曜日に東京の三鷹に、中央大学のインドネシア語講師のLeaさんや東京外国大学のEsterさんとIwanさんと何人かのインドネシア人留学生が集まって、文化人類学を専門としたSomea先生のお話を聞きに行きます。この会は、ジャワ会と呼ばれます。今回のお話は大変面白かったです。
Leaさん:イスラム教徒がなくなるとまずは、【待合室】のようなところに集まっています。地獄行きなのか天国行きなのかの沙汰を待つためです。なくなられた子供たちは、親のために祈ったりします。
Arbi  :しかし、イスラム教は、生前の行いによって既に地獄行きか天国行きかで決まると聞いたのですが、死者への祈りは無駄では?
Iwanさん:例えば、亡くなった人は、生きた時に仮に一つしか良い行いをしてなかったとします。その行いは例えば、他人への助言。その助言で他人が悔い改めていい人生を送った。その人はいい人生を送ったことで、多くの人がそれを真似て、又もやいい人生を送る人が増えたとします。一つの行いで、多くのいい行いを生むので、これら全てが、亡くなった人の徳になる。
Leaさん:何だかネズミ講みたいですよ。

この会話で、少し閃いたのは、イスラム教徒はなぜお布施zakatを支払うのか ということです。zakatの考え方は、税金と同じです。上記の考え方であれば、zakat(お布施の税金)を払えば、国の運営が出来ます。国がそれらのzakatを使って、道路などインフラを作ります。又、生活保護が必要な人たちにも使われます。そうすると、zakatを払うことで、皆が健康で文化的に暮らせるので、徳が大きい。従って、天国に行く可能性が高いと考えられます。

私は、カトリックなので、イスラムのことが分かりませんが、上記のたとえが分かりやすいです。イスラムが宗教という観点ではなく文化だと捉えれば、信じなくても、理解が出来ます。アラブの経済を描写するには、【オイルマネー】が使われるのなら、インドネシアの経済を描写するには【イスラム経済】が使われます。このように、インドネシアマーケットの殆どがイスラム教徒なので、インドネシア進出において、多少イスラムのことをも意識するとうまく行くこともあります。

インドネシア情報・現地視察などは、是非アルビーまでご連絡頂ければと思います。


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by.アルビー(Albertus Prasetyo Heru Nugroho)
インドネシア語講師・通訳翻訳・コンサルタント
HP        http://www.geocities.jp/lakilaki_indonesia/
Email     lakilaki_indonesia@yahoo.co.jp
Mobile   090-9342-2726

 

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