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東ティモール(3) TETUM語とジャワ語 [東ティモール]

日本語     : いくらですか?
インドネシア語: berapa?
ジャワ語    :  pira(ピーロ/方言:ピーラ)
TETUM語  :  hira

ジャワ語の元々の姿がどのようなものか 知るのが難しい。文献に残っている古典ジャワ語にサンスクリット語の影響が多いからです。ジャワ島は、昔から、文化の中心だと言われています。古代王国は、ジャワ島にあり、又、ジャワ島の王族は、スマトラ島などの島の王族と関係をもっているそうです。中央国家を築くために、当時、比較的に、進んだインドの国家運営法とともに、インドの文化・文字・言語を取り入れました。国家運営のために、当然記録が必要なので、文字も取り入れたそうです。しかし、話し言葉は、そう簡単に変わる訳ではないのです。特に、生活に密接している語彙です。

このようにして、東ティモールに来ることで、昔の社会のヒントを得ることが出来ますが、開発が進めば進む程、世界どこにでもあるような国になってしまいます。豊かになる一方、ドンドンと遺産が消えて行きます。 開発 と 保存の ジレンマです。

そんなジレンマを抱えて、一息休んで、100%マンゴジュースを飲むのもいいですね。
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(The picture was taken by Mr. Masuzawa)
熱かったので、二杯目のジュースを頼んだら、残りのジュースをくれました。


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コメント 2

ムルヤディ

ジャワ語のpira (ピロ)は、常体語で、丁寧語にしたらpinten(ピンテン)となります。ということは、常体語だけが広がって行ったでしょうか。

一方、日本語に入った言葉語彙は謙譲語のものがあります。それは、お祭りです。ジャワ語のmatur(マツル)からできた言葉だといわれています。maturの意味は話す、つまり目上の人に対して使う言葉です。

by ムルヤディ (2010-02-24 09:35) 

アルビー

mulyadiさん
 ありがとうございます。
 日本語のいくつかの単語が、ジャワ語に形態的に似ているというのを聞いたがことがありますが、祭りがmaturから来るというのは、初めて聞きました。その根拠を知りたいですね。
 インドネシアの地理は、海や困難な地形によって形成されます。海などに遮断されると、言葉の伝播が途絶えます。ジャワは、比較的に、土地が豊かで、農業が早い段階で発達しました。食料の供給が安定して、人がどんどんと増えて、また、ジャワ以外の島からも人が流れるようになった。人が増えるということは、秩序を保つために、社会基盤やルールも複雑にならなければならないのです。そして、キャスト制などを採用すると、社会に層が出来、「丁寧体」が出来ると 推測するのは妥当かと思います。
 ジャワ語が広まるのではなく、元々、インドネシアの島々にいる人たちは、類似したAUSTRONESIA語族を話して、地理的・政治的な条件で、言語が少しずつ変わり、現在の諸言語になると考えたほうがいいのはないかと思います。
by アルビー (2010-02-24 17:26) 

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