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(インドネシア語)第二言語教育における学習支援~方略的能力に焦点をあてて~ [教授法]

平成22年のJICAインドネシア語講師募集要項に、以下の小論文の設問がありました。時間があれば、文献調査だけではなく、実際に調査をしたかったのです。

設問:
外国語学習者は言いたいことと実際にその言語で言えることとの間にズレを感じる状況に出くわすことが度々ある。こうした不快なことを対処するには学習者が有効なコミュニケーションストラテジーを使うことが必要である。Canale and Swain(1980)は言語コミュニケーションを促進するような形で、そうしたストラテジーを使うという学習者の能力のことを"strategic competence"と呼んだ。彼らはstrategic competenceを「運用上の諸変数あるいは不十分な(言語)能力によるコミュニケーションの問題を補填するのに用いられる言語的・非言語的コミュニケーションストラテジー」から構成される能力と定義した。
さて、communication strategies あるいはstrategic competenceに関して以下の2つの設問に答えなさい。

1)どういったcommunication strategies が言語的に難しい状況に対処するために有効であろうか。
2)strategic competenceを養成するために、教室の中でどういう支援が可能だろうか。

それで、第二言語習得の文献調査をして、以下の小論文を書いた。直接的な引用は、2つの文献だけだったが、今まで、私が行って来た『インドネシア語教授法』に少しは理論的な裏づけを得た感じがした。英語・日本語の教授法研究を参考にしながら、『日本人に特化するインドネシア語教授法を構築したい』と願って第一歩踏んだ。多くのインドネシア語講師とお話を伺って、自己流でご自分の教え方を確立した先生が多いですが、『果たして、日本人にとってどんなインドネシア語教授法が一番効果がある』という議論はあまりされていない。インドネシア語を教えている先生方の専門分野は様々であり、必ずしも、教育学を意識して教えるという訳ではない。又、職人技として見られることがある。従って、『あの先生は明るいし、教え方が上手だし、到底真似できない。』『僕には僕の教え方がある』などということを口にするのが当然である。つまり、前者は、教授法の出来とは先天的であることに対して、後者は、教授法とは主観的であるという無意識な理解があるから、『議論しても無駄だ』ということになる。
 無論、今回は、課題に答える小論文なので、課題に沿って『結論』を結ぶために、大胆な前提を取ったりすることがある。後に、調査をしながら、修正していきたいと思う。

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第二言語教育における学習支援~方略的能力に焦点をあてて~               ALBERTUS PRASETYO HERU NUGROHO はじめに JICAボランティア事業は、青年海外協力隊派遣とシニア協力専門家派遣から構成される。そして、任国におけるボランティア活動を円滑にするために、派遣前訓練が行われる。その派遣前訓練の内容の一つは、語学訓練がある。本小論文では、語学訓練のあり方に関して方略的能力(strategic competence)に焦点を当てながら、議論を展開し、Canale and Swainなどによる応用言語学及び言語教育学の観点から、論じることとする。 JICAの派遣前語学訓練は日本における訓練と任国における訓練と二つに分けることが出来る。日本における訓練期間は、65日間に及び、教室での語学訓練活動は、平均して4時間である。このような限られた期間で、いかにある程度のレベルまで任国で主に使用される言語を取得できることは、在日本訓練所における訓練課題である。 1.     第二言語取得とコミュニケーション能力 

在日本訓練所で行われる語学訓練の目的は、第二言語取得であり、単なる外国語の学習ではないのであることに注目するべきである。第二言語取得は、母語(第一言語)の次に、学習して取得する言語である。

第二言語が取得されるということは、当該言語において、コミュニケーションが十分に行われるという見解に立てば、Canale and Swain(1980)の論文を引用することに意義があると考えられる。Canale and Swain(1980)によると、コミュニケーションを行うには、コミュニケーション能力が必要とされる。又、同論文によるとコミュニケーション能力は、以下の三つの構成要素から成り立っている。

a.      文法的能力

b.      社会言語学的能力

c.       方略的能力(strategic competence

 上記のコミュニケーション能力の構成要素は、後に1983年のCanaleの論文において、ディスコース能力が付け加えられたが、本小論文において、Canale and Swain(1980)の見解に沿って議論を展開しようとする。

 かくして、コミュニケーション能力を取得するということは、上記の三つの能力を取得することを意味している。上記のコミュニケーションを構成する要素を改めて、以下のように説明する。

   『文法的能力』は、学習言語の音声・音韻の知識、語彙の知識、語形成の知識、文形成の知識などを指している

   『社会言語学的能力』は、発話時の話題(トピック)、参加者役割(話し手と聞き手の社会的地位・役割など)、発話時の社会的な場面(インフォーマルな場面なのかフォーマル場面なのか、場所や地域性などの要因が入っている)などを指している。

   『方略的能力』についてJICA募集要項の小論文の問題に掲載される定義を採用して、方略的能力は運用上の諸変数あるいは不十分な(言語)能力によるコミュニケーションの問題を補填するのに用いられる言語的、非言語的コミュニケーションストラテジーから構成される能力である。

本小論文の焦点となる方略的能力の定義の中に、『不十分な言語能力によるコミュニケーション問題』という記述があるが、不十分な言語能力とは、上記の文法的能力と社会言語学的能力の欠如である。このように、方略的能力(strategic competence)は文法的能力と社会言語学的能力と相互作用関係にあるので、方略的能力を論じる際に、文法的能力(grammatical competence)と社会言語学的能力(sociolinguistic competence)から切り離して論じることは賢明な方法ではないと考えられる。従って、本小論文の設問に対して、常に文法的能力と社会言語学的能力を意識して方略的能力に関する議論を展開していくのである。

 2.『生得的な方略的能力』と『教育支援』の再定義 

 論点拡散を防ぐために、Canale and Swain(1980)で使用されるstrategic competence communication strategiesの用語について述べる必要がある。柳瀬陽介は『第二言語コミュニケーション力に関する理論的考察』でcommunication strategiesを『コミュニケーション方略』で、strategic competenceを『方略的能力』と記述しているが、両者は、Canale and Swain(1980)の論文の中で、同義語だと把握される。本小論文の議論は、Canale and Swain(1980)を元にしながら、『能力(competence)』に関する概念は、チョムスキーが提唱した『生得的能力』を採用している。すなわち、万人は生まれながらにして方略的能力を持っていると出張している。

本小論文は大胆な仮定を採用した妥当な理由がある。方略的能力は、生得的能力であるかそうではないかの議論の余地が残っているにも関わらず、JICAの派遣前語学訓練(特に非英語の語学訓練)は短期間(65日間)と限られた言語的資料という条件の下で、方略的能力が『生得的能力』であると仮定した方が有益だからであると考えられる。

当然、この見解の帰結として、『第二言語教育の課題は、いかにして第二言語学習者にとって学習しやすい環境・手法・教授を提供できるか』である。さらに、『いかにして第二言語学習者にとって学習しやすい環境・手法・教授を提供する』ことが『学習支援』だと捉えることが出来る。

JICAボランティア事業の派遣前訓練の性格を踏まえて、以下の支援が可能である。

教室の中の支援:

a.      『繰り返し練習』

b.      『説明』

c.       『実施する小テスト(定期的な能力向上の検査)』

d.      『身体トレーニングを介する練習』

e.     

教室外の支援:

a.        e-learning開発』

b.        『学習者の学習指導』

c.        

 

3.第二言語における言語的に困難な状況に対処するために有効な方略的能力 

 方略的能力は、『運用上の諸変数あるいは不十分な(言語)能力によるコミュニケーションの問題を補填するのに用いられる言語的、非言語的コミュニケーションストラテジーから構成される能力』であると定義される。定義に従って、言語的に困難な状況も以下のように分けることが出来ると考えられる。

a.        文法の知識が低い

        学習言語の音韻・音声を区別出来ない(音韻論的要因)。

        語彙力が低い(語彙論的要因)

        語の形成のルールを理解していない。(形態論的要因)

        構文のルールを理解していない。(統合論的要因)

b.        任国における社会言語学的な知識が低い

        発話時の参加者役割のルールを理解していない。

        場面の区別のルールを理解していない。

        容認できる話題のルールを理解していない。

 上記のa.b.についての不十分な言語能力の要因を補填するために、以下の方略的能力が考えられる。

c.         文法の知識が低いことを補填する『方略的能力』

        学習言語の音韻を区別して発音出来ない場合に、既に取得した母語や母語の音韻体系に近い外国語の近似音類似音を借用して発音する。

        語彙力が低い場合に、造語母語からの直訳遠回しなどで言い換える。又、語を示唆するような動作を見せてジェスチャーで語を表現する。

        忘れた語形成のルールや構文のルールを学習してない、もしくは忘れた場合に、その語句や構文を使用せず、類似語句類似構文を使用して発話を試みる。

d.        任国における社会言語学的な知識が低いことを補填する『方略的能力』

        任国における発話時の参加者役割や場面の区別が分からない場合、日本語のように敬語・謙譲語・尊敬語体系のある言語では、適切な発話が出来ないので、とりあえず、比較的に無難な丁寧な語(polite-form)で話す

        容認可能な話題のルールを理解していない場合は、任国の社会構造の情報を探して「触れてもいい話題」と「触れてはいけない話題」を意識する

 このように、『方略的能力』は、言語的状況に応じて、変わって来るのである。教育者の立場からして、2.で前述したように、これらの『能力』は万人に備わっているという前提に立たなければならないと思われる。なぜなら、ある人に備わっているが、他の人に備わっていないと考えてしまうと、偏見が生じかねない。

 4.第二言語教育において方略的能力を重視する意義 

母語において、言語コミュニケーション能力が高い(無論、文法的能力と社会言語学的能力と方略的能力を含めて)とされる学習者でも、第二言語を学習する際に、しばしば上達のスピードが遅い場合がある。このことに関して3.で既に議論されたように、Swain and Canale(1980)によると言語コミュニケーション能力を支える諸能力があり、『文法的能力』と『社会言語学的能力』が非常に高い場合に、『方略的能力』が低くても、総合的に、コミュニケーション能力が高いとされ得る。しかし、第二言語を学習する際に、該当言語の『文法的能力』と『社会言語学的能力』が非常に低いので、第二言語を学習するまで、方略的能力つまり strategic competence が鍛えられなかった。

例を挙げると、ある学習者は、母国語において、語彙や文法の知識が広いという『文法的能力』、そして、場面を理解し、自己の立場を弁えるような社会言語学的能力が強ければ強い程、『方略的能力』を使わなくても済む場合が多い。

又、多民族国家の場合、公用語が多くの国民にとって第二言語になり、言い換え(paraphrasing)や借用(borrowing)などの方略的能力が実際のコミュニケーションにおいて多く産出されるので、方略的能力を刺激する言語的なインプットが多いが、日本人にとって、日本語は母語であり、第一言語なので、こうした方略的能力を意識していない。但し、近年では、日本人が比較的に海外に旅行できるようになったのと外国籍の住民が増えることで、言語的に困難な状況に遭遇する人が増え、『方略的能力』を目覚めさせようと意識的に努力する人が増加するのも事実である。

 かくして、第二言語教育において、『方略的能力』の意義を再度確認する必要がある。

 5.方略的能力(strategic competence)を養成するための諸支援 

 方略的能力は、『不十分な言語能力によるコミュニケーション問題を補填するのに用いられる言語的、非言語的コミュニケーションストラテジーから構成される能力』と定義される。『不十分なコミュニケーション問題を補填する』という点において、一貫性をもつために、定義により、あくまでも、『方略的能力』は、『補助的』『補填的』だと捉える必要がある。従って、4.で言う『方略的能力に重点を置く』ということは、文法ドリルや語彙の暗記などのような伝統的な言語教育に必ずしも相反しているとは限らない。文法的能力アップを図る支援と社会言語学的能力アップを図る支援も同時に行わなければならないのである。又、教室の中のパーフォマンスを支える教室外の『学習者の自習指導』も同時に行う必要がある。

 2.で前述したように、以下の支援が考えられる。

教室の中の支援:

a.      『繰り返し練習』

c.のパーフォマンスの評価により、言語コミュニケーション諸能力を予測し、どの単語が暗記しにくいのかどの文法事項が使いづらいのかに重点を置いて練習を行う。

b.      『説明』

最新の言語学の見解を意識しながら、任国における母国語教育(国語教育)について触れて学習者に説明することである。社会言語学的能力を目覚めさせるために、任国の社会事情や言語使用の事情を主観的かつ客観的に伝える必要がある。『説明』の時間を特別に設ける必要がない。練習やテストの答え合わせの時に、『繰り返し』て行うことで、学習者が任国の社会事情を意識しながら、発話の産出を促進する。

c.       『実施する小テスト(定期的な能力向上の検査)』

mid test final testの間に、定期的に、小テストを実施して、パーフォマンスを図ることで、『能力』アップを予測することが目的である。

d.      『身体トレーニングを介する練習』

言語的コミュニケーションのほかに、非言語コミュニケーションがある。動作を任国の社会で解釈できるジェスチャーと共に訓練を行うことである。

e.     

教室外の支援:

f.        e-learning開発』

教室での学習は、教師や他の学習者とのコミュニケーションを図りながら、第二言語を学習できるという利点があるが、理想的な話者と聴者を想定(イメージ)して、聴き取り練習を各自行ったり、ペアリングを学習者の都合で学習したり出来るために、JICAニーズに応える独自のe-learningなどのソフト開発が出来るとベストであるが費用がかかるので、東京外国語大学の言語モジュール(http://www.coelang.tufs.ac.jp/modules/)を利用することが勧められる。

g 『学習者の学習指導』

学習者は、時として 有効な学習方法が理解していない。追加課題などを与えて、学習の仕方を指導する必要がある。

h.

 

 

まとめ

 Swain and Canale(1980)によると方略的能力(strategic competence)は、文法的能力(grammatical competence)と社会言語学的能力(sociolinguistic competence)と共に言語コミュニケーション能力の構成要素である。言語的に困難な状況を対処するために、言い換え(paraphrasing)や話題回避などの方略的能力は、本小論文では、先天的であるという前提に立ち、第二言語教育の議論を展開した。Strategic competence は、他の能力と相互作用関係にあるので、手法が比較的に多い他の能力の養成方法を行いながら、communication strategies(コミュニケーション方略)を導入することが必要である。

 参考文献:

今井邦彦編.(1986).『チョムスキー小事典』東京:大修館書店

柳瀬陽介.(2006).『第二言語コミュニケーション力に関する理論的考察』東京:渓水社


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著者:アルビー

 

 


 


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